日本に「家事代行サービス」という新たな産業を切り拓いてきた、株式会社ベアーズ副社長・髙橋ゆきさん。その人生をたどると、節目ごとに大切な人との出会いと、そこから受け取った「愛」がありました。
家族との別れ、香港での出会い、事業への挑戦、そして多くの人の人生に関わり続ける現在。今まで歩んでこられた道を通して、「生きる」ことへの想いを伺いました。

髙橋ゆき
株式会社ベアーズ 創業者/取締役副社長/総監督
Theme:愛の起点として生きる
Q1. 人生の転機
人生の転機となった出来事を教えてください
毎日が転機です(笑)
ただ、ターニングポイントと言うといくつかあります。
一番最初は、父の姉にあたる叔母が40代の若さで亡くなってしまったことです。そのころわたしは高校生でしたから、様々なことが理解できる年頃でした。単に誰かが亡くなって葬儀に連れて行かれたということではなく、死生観というか、本当に大切な人を失う痛みを味わうとともに、叔母を看病していた父の生き様を目の当たりにしました。
父は写真家でしたが、叔母ががんになり、いよいよ末期という時に仕事をすべてキャンセルして、数ヶ月間家にも帰らず、病院の冷たい床にせんべい布団を敷いて看病だけに100%の時間を捧げていました。実のお姉さんと指を糸で結び、苦しかったら引っ張れば合図ができるようにしていたと聞き、父の想い、本当に誰かを想う時は全力で向き合う父の姿勢に、驚きとともに大きな衝撃を受けました。
また、叔母がもう力も無くペンを持つことさえ難しかった時に、ポストイットより少し大きめの紙に「ゆきがこれからたくさんの素敵な方と出会って、愛し、愛されますように」と書いてくれました。その言葉は、お守りのように今でも大切に持っています。『愛される』だけではなく『愛し、愛される』という言葉が、一つの大人の階段を上っていくわたしへのとても大切なメッセージになりました。
その後間もなくして両親の会社が倒産し、個人破産をしました。それまでは母の会社を継ぐつもりでいましたが、その出来事をきっかけに自分の人生を自分で選び取っていくことを考えるようになりました。
そして「香港に来ないか」とお声がけをいただいたことから、夫婦で香港に向かいました。人生の転機を一つだけとすると、この香港という場所に出会ったことだと思います。両親の会社の倒産・破産もわたしの経営者としてのスタンスを大きく形づくった出来事ですが、家事代行サービスを日本の暮らしの新しいインフラにしようと本気で覚悟を決めたのは、香港での経験があったからこそ。
その後の人生に最も大きな影響を与えた場所です。
香港でスーザンというフィリピン人の女性メイドに出会い、家事育児を支えられ、香港での暮らしは明るく楽しく幸せなものでした。家族の幸せのために他国に出稼ぎに来て、赤の他人の家族の「生きる」を支えるわけです。
出会った人も家族も、目の前にいる人の「生きる」を支える仕事です。すごく、かっこいいと思いました。
「自分のために生きる」とは何だろうと考えた時に、スーザンのように、家族のため、社会のために頑張って生きようとしている人たちのために生きたいと思い始めました。
それから日本に帰国し、同様のサービスを探しますがありません。あったのは、ハウスクリーニングのような清掃会社や、お掃除だけのお手伝いさん、家政婦サービス。誰もが頼れる家事のサービスを一つの「産業」にしたいという大きな志を描きました。
そして夫が「スーザンのように、僕たちの人生を支えてくれたサービスが日本にも必要だ。産業を創ろう!」と言い出したことから、わたしたち2人は会社名を決める前に、まず産業名を考えました。思案した末、家事を代行するサービスなのだから、わかりやすく『家事代行サービス産業』が良いのではないかということになりました。そう決意し、夫婦二人三脚で、そして愛する仲間たちとともに、家事代行サービスという新しい産業をつくるための一歩を踏み出したのが、1999年。それからもう28年となります。
Q2. 失敗や挫折
新しい産業をつくるとなると、大変なことが山のようにあったかなと思うんですが、それを乗り越えられたベースはどこにありましたか?
困難を乗り越えられたベースは2つあります。「原体験」と「信念」です。
わたしは26歳から30歳になるまで、香港で初めての妊娠・出産・育児を経験しつつフルタイムで働きましたが、明るく幸せに毎日を過ごせたのは、ずっとスーザンが支えてくれたおかげでした。誰もが自分らしく生きるために、必要な時に家事や育児をサポートしてくれる存在が必要不可欠だと感じています。様々な社会課題や暮らしの課題も、家事代行サービスという存在によって解決につなげていける――そんな信念がわたしの中にありました。こうした原体験と信念があったからこそ、くじけずにここまで来られたのだと思います。
もしそれが、スーザンではなかったらどうだったと思いますか?
実は、スーザンの前にも3〜4人ほど別のスタッフを試したのですが、中には相性が合わない方もいました。だからこそベアーズは「フィーリングマッチング」を重視しています。例えば、会話が得意なとても元気なスタッフが物静かなご家庭に行ってしまっては、お客様も「ちょっと疲れたわ」となってしまいます。でも、お話し好きのおばあちゃまだったら喜ばれますよね。
わたしはよく「空間エネルギー」という言葉を使います。誰がどのような心の根っこでサービスをしたかによって、残り香のように空間エネルギーは変化すると確信しているからです。ベアーズでは21年前から5つ星ホテルのゲストルームの清掃とセットアップを請け負っていますが、宿泊後のお客様からは「お部屋の空気が違う」という声を数多くいただきます。だからこそわたしは「空間エネルギーを創り出し、各ご家庭にお届けするのは、ベアーズレディであるあなた一人ひとりなのですよ」と伝えています。
失敗や挫折をどのように乗り越えてこられましたか?
うまくいかないことがあっても歩んでこられたのは、原体験から生まれた信念があったからです。
一方で、わたしの中にはそもそも「失敗」という考え方があまりありません。失敗とは、人生から与えられる「問い」だと思っているからです。
「どうしてこれが起こったのだろう」「どうしてこうなったのだろう」とその問いに素直に耳を傾ける。そして、問いに従って立て直し、改善していく。そう捉えれば、失敗は「未来から来た教科書の一部」になります。わたしは人生そのものが丸ごと自分の教科書だと思っているので、失敗や挫折は大好物です(笑)
Q3. 影響を受けた人物
最も影響を受けた人を教えてください
一番影響を与えた人は父かもしれません。また、祖母から受けた影響も大きいと思います。
おばあさまは、どんな方ですか?
両親は共働きで忙しかったので、わたしを育ててくれたのは母方の祖母・なみえさんでした。明治生まれでしたがとても元気な人で、生涯にわたって地域の方々のお世話をする民生委員をやっていました。誰かからお金をもらうわけではありませんが、今でいう「子ども食堂」のようなこともしていて、我が家にはいつもわたしの知らない子どもたちが集まっていました。お年寄りが集まる日もありました。
わたしは一人っ子ですが、祖母のおかげで寂しいと感じたことはありませんでした。祖母は亡くなる直前まで、「人のために」という精神を貫いて生きていた人です。
そして祖母は、年齢を重ねるごとにどんどん綺麗になっていくんですよ。白髪でシワもあり、見た目はもちろんおばあちゃんです。でも、魂が綺麗だからでしょうか、まとっているオーラがとても美しいんです。わたしも祖母のように年齢を重ねていきたいと思っています。(祖母とのことについては、ぜひ産経新聞の「それでも親子」という特集を読んでいただきたいです。)
もう一人、大きな影響を受けたのが父です。わたしは実を言うと、HSP(Highly Sensitive Person)なんです。今ではこれだけの大所帯をマネジメントする上でその特性を良い方向へ生かせるようになりましたが、10代の頃は誰かが泣いていると「どうして泣いているのだろう」とわたしまで本気で悲しくなってしまうほどでした。相手の感情に深く入り込みすぎて毎日のように胃が痛くなり、頭痛や肩こりにも悩まされ、小学生の頃から血液検査を何十回も受けていました。
12歳から毎年胃カメラの検査を受けているわが娘を見て、17歳のある日、父がわたしにこう言ってくれました。
「どんなに偉い人でも、どんなにお金を持っている人でも、権力がある人でも、とにかく明日の太陽を止めることもタイマーをセットすることもできない。明日の太陽は勝手に必ず上ってくる。その時に、その太陽に向かって『今日も素敵な一日をありがとうございます。』と先に感謝を言えるように。今日起こったことは明日に持ち越さないようにしなさい。」
そして父は、「自分を無駄に蔑んだり、心配させたり苦しませてはいけない。自分が自分を悲しませ、悩ませ、苦しめてはいけないんだ。君は人の役に立って生きるために、自分を大切に生きるんだよ。」と教えてくれました。
その言葉は一生のお守りです。
明日も太陽がまた上がってくる、くよくよしている場合ではないと。そこから、すべての経験や出会いが「問い」なんだと、すべては学びと気づきのためにあるのだと思いました。

Q4. 習慣や心構え
大切にされている習慣や心構えを教えてください。
習慣は、白湯を飲むことです。40代から始めました。
わたしは30歳でパニック障害を経験しており、自分との付き合い方をとてもよく知っています。30代は「どうしてわたしの身体はこんなに不調なんだろう」という問いだらけでした。40代になって坐禅を始め、その頃からお香を焚いて好きな香りで自分を癒やし、美味しいお水で白湯を作って飲んでいます。
心構えは、もちろん「すべては愛から始める(Start with Love)」。
「悪因悪果、善因善果」という言葉をご存じですか? 社長の髙橋健志が大切にしている言葉なのですが、悪い心で始めたことは悪い結果に結びつく。良い心の根っこで始めたことは、どんなに遠回りをし荒波に飲まれても良い結果に結びつく。ということは、愛から始めたことは必ず愛に結ばれていくんですね。だから「Start with Love」です。
あとはやはり、自分が「愛の起点」になるという生き方を社員たちにはしてほしいですね。若いうちは、一日の8割、9割が自分のことで精一杯でもいい。でも、一日1割、わずか0.5%でもいいから、「自分が何かの愛の起点になろう」と意識してみてほしいんです。人の良さや優しさだけでは乗り越えられないこともあります。時には厳しさも必要です。それでも人がついてくるのは、その厳しさの根底にちゃんと愛があるからだと思います。だからこそ、誰かの「愛の起点」になる生き方を、社員たちに伝えていきたいですね。 わたしは「歩く愛の起点」です(笑)
Q5. 「生きる」とは
髙橋ゆきさんにとって、「生きる」とは何ですか?
「愛を巡らせること」です。
一人の時も、亡くなった祖父母やご先祖様のことをいつも考えています。曽祖父母まで名前を言える人は少ないですが、その誰か一人でも欠けていたら今の自分はいません。
わたしは「一人で頑張らなくていい、頼ってもいい」という社会をつくりたいんです。香港でスーザンから「ゆきはもっと私に頼ってください。頼られて嬉しい人がここにいることを忘れないでください。」と言われ、とても感動しました。
「頼りたい」「頼られたら嬉しい」「誰かの役に立てたら嬉しい」と思うこと。
わたしが頼るだけではなく、わたしにも頼ってもらうシチュエーションが、やがてくる。この循環を、わたしは社会の「‟幸”循環(こうじゅんかん)」と呼びたいです。

Q6. 若者に伝えたい言葉や想い
未来を創っていく若者に対して、メッセージをお願いします。
「あなたは人生の主人公」ということです。
誰の人生でもない、あなたがあなたの人生のオーナーなのだから、何度迷っても立ち止まっても、しゃがみ込んでもいい。だけど、どこからでもやり直せるということを伝えたい。正解を生きるのではなく、自分の心が動くことが大事。
心が動く方に一歩、勇気を持って踏み出して動いてください。
Q7. 読者に向けたメッセージ
この記事を読んでくださっている方に向けてのメッセージをお願いします。
「START LINE」。
見えないスタートラインが毎日あると思っているので、わたしにとって過去と現在は全てつながっています。毎日が転機であり、毎日がスタートライン。その見えないスタートラインが毎日あると思えば、ぼやぼやしていられません。残りの人生も、もっと愛おしく感じられると思うんです。
挫折しそうになっても、嫌なことがあっても、「こういう日に、わたしは未来からどんな問いを受け取っているんだろう。その問いを通して何に気づき、何を学ばせてもらっているのだろう」と考えると、本当はワクワクしてくるはずなんです。
それが、企業ロゴに入っている「今ここ」という考え方に繋がっていきます。
手を「パンッ」と叩くと、その音が響き、手のひらにしびれを感じます。この響きとしびれの一瞬が「今」なんです。
過去にはもう戻れない。さっき会った1時間前にも戻れない。
だからこそ、「パンッ」と叩いた「今ここ」を一所懸命に生きる。その連続が、自分の人生を幸せに生きる秘訣だと、わたしは思っています。

関連リンク
今回の取材を通して、髙橋ゆきさんが家族から世代を超えて受け継いでこられた「愛」が、その生き方へとつながっているのだと感じました。
叔母からの「愛し、愛される」という言葉。人のために生きた祖母、大切な人のためにすべてを懸けて向き合う父の姿。そして異国の地で「人の生きるを支える」スーザンとの出会い。
さまざまな人から受け取った愛を、自分や家族だけにとどめることなく、ベアーズの副社長として、実業団の総監督として、社員や選手一人ひとりの人生に全力で関わりながら、社会へと巡らせ続けています。
「自分が愛の起点になる」という言葉を、自らの生き方そのもので示し続けている人。
髙橋ゆきさんは、まさに“パワースポットならぬ、愛スポットの人”なのだと感じました。
